最近耳にする「ジュルースラム」って?

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さて、昨年の年末から、英語のニュース番組で「ジュルースラム」という言葉を耳にする機会が増えました。とても特徴的で、耳に残る独特の発音です。スペルは Jerusalem。この言葉をご存知ですか?

Jerusalemは、エルサレムの英語表記です。年末にトランプ大統領がこの地をイスラエルの首都と認定したことで、中東地区を中心に世界中を騒がせることとなった問題の場所です。日本語の「エルサレム」からはちょっと連想しにくい英語ですね。英語の地名の中には、このように私たちが普段日本語化して使っているものとはかなりかけ離れたものがありますので注意が必要です。例えば、イタリアのトリノは英語では「トゥーリン:Turin」、チェコのプラハは「プラーグ:Prague」、中国の北京は「ベイジン:Beijing」となります。「ジュルースラム:Jerusalem」は、今後もニュースによく登場すると思いますので、この機会にぜひ覚えておいてください。

エルサレムは、中東における地理的な要所であることに加え、歴史的にユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地となっています。この宗教的な背景が、この地の政治的問題や民族的問題と絡まりあって、中東問題を一層複雑なものにしているということです。そもそも中東問題とは、イスラエル人(ユダヤ人)とパレスチナ人(アラブ人)の土地を巡っての抗争ですが、その争いにはアメリカを始め複数の国々が関与しています。

どの国の歴史を振り返っても、人は戦争を繰り返しながら領土を広げ、今日の国家を作り上げてきた訳ですが、そうした次元の争いが地球のあちこちで未だに続いている事実には本当に胸を痛めます。例えば、尖閣諸島問題、北方領土問題、竹島問題などを考えると、日本もこうした問題とまったく無関係という訳ではありません。

これほど文明が進化した世界になっても、国家の要人たちが常に頭を悩ませているのは、多かれ少なかれ領土や境界線の問題だったりするのです。人間の思考パターンや行動パターンは、太古の昔から意外に進化していないのかもしれません。野生動物はマーキングをしてなわばりを守りますが、人間も動物のひとつと考えれば、自分の陣地を確保して守る本能やDNAが仕込まれていても不思議なことではありませんね。

領土や境界線の問題を考える時、私はいつもアメリカを代表する詩人であるロバート・フロストの“Mending Wall”:「壁の修理」という詩を思い出します。この詩では、互いの土地を隔てる石壁の崩れた箇所を、詩の語り手が隣人と一緒に修繕する様子が描かれています。修繕作業を続けているうちに、語り手は「壁」の必要性にふと疑問を抱き、「私のリンゴの木がそちらに侵入して、あなたの松の松かさを食べることなど決してありませんが」と隣人に告げます。すると隣人は、“Good fences make good neighbours.” 「良い柵が良い隣人を作るのです」と、父親の口癖を真似しながら、ひたすら修繕に精を出すという内容の詩です。

この詩を読むと、人は一体何のために柵や壁を作るのかと、何だか深く考えさせられます。この詩に次のような一節があります。

Why do they make good neighbours? Isn’t it
Where there are cows? But here there are no cows.
Before I built a wall I’d ask to know
What I was walling in or walling out,
And to whom I was like to give offence.
Something there is that doesn’t love a wall,
That wants it down.”

「なぜそれが良い隣人を作るのでしょう?それは
牛がいるところの話では?でも、ここに牛はいません。
壁を建てる前にお聞きしたかったのです。
私は何を囲い込み、何を囲い出すのかを。
そして、誰の気分を損ねようとしていたのかを。
何か壁を好まないものがあり、
それが壁を倒したがるのです」

土地や海に常にフェンスや境界線があれば、争いは起こらなくなるでしょうか?
あなたはどう思いますか?

See you!