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新緑の季節を迎え、久しぶりに古典文学に触れてみたい気分になりました。そこで今回は、19世紀から20世紀のヨーロッパを代表する詩人たちによる恋愛詩を紐解いてみたいと思います。ヨーロッパの古典小説なら読んでいるという方も、この時代の詩に馴染みがあるという方は少ないのではないでしょうか?
古典の英詩には、現在は使われていない古い英語表現や、滑らかで美しい韻律を生み出すための縮約表現などが多用されているため、最初は読みにくさを感じるものです。それでも、じっくり読み解いてみると、とても味わい深い作品が沢山あります。随所に心憎い言葉遊びの技法が施されていたり、皮肉やウイットに富んだ含みが隠されていたりと、英詩は奥が深いです。今回は、そんな英詩の中から、比較的読みやすいものを3つ選んでご紹介します。
まずは、ウィリアム・バトラー・イェイツ (William Butler Yeats) の “Never Give All the Heart” を取り上げます。イェイツは、1923年にノーベル文学賞を受賞したアイルランドの詩人で、20世紀の英語圏で「最も偉大な詩人」という評価を得ています。
Never Give All the Heart
Never give all the heart, for love
Will hardly seem worth thinking of
To passionate women if it seem
Certain, and they never dream
That it fades out from kiss to kiss;
For everything that’s lovely is
But a brief, dreamy, kind delight.
O never give the heart outright,
For they, for all smooth lips can say,
Have given their hearts up to the play.
And who could play it well enough
If deaf and dumb and blind with love?
He that made this knows all the cost,
For he gave all his heart and lost.
(和訳)心をすべて捧げてはいけない
決して心をすべて捧げてはいけない
なぜなら愛というものは、もしそれが確実なものに思えるとき、
情熱的な女性たちにとっては、
それほど考える価値があるものとは思えなくなるからだ。
そして、彼女たちは、キスを重ねるたびに
愛が薄れていくことを夢にも思わない。
美しいものはすべて、
しょせん短くて夢のような優しい喜びにすぎない。
決して心をそのまま与えてはいけない
彼女たちは、どれだけ甘い言葉を口にしようとも、
ただ恋愛というゲームに心を委ねているだけなのだから。
そして、いったい誰が
愛によって耳も口も目も塞がれた状態で、
そのゲームをうまく演じることができるだろうか。
これを書いた者は、
その代償をすべて知っている
なぜなら彼は、
心をすべて捧げ、そして失ったのだから。
「心をすべて捧げてはいけない」というインパクトのあるフレーズで始まるこの詩は、冷ややかな恋愛観、女性観を淡々と理性的に語っています。この詩は、一見、若者へのアドバイスや恋愛の処世術をテーマにしているように思われます。ところが、最後の 2 行で突然明らかになるのは、これがこの詩人自身の個人的な経験・告白であるということです。“and lost.” (そして失った) という詩の終わり方が、強い余韻を残していてとても印象的です。
[文法・表現上のポイント]
(3行目) if it seem certain ⇒ 現在英語では if it seems certain。seem が原形なのは古風な仮定法的表現の名残り。
(7行目) But a brief, dreamy, kind delight ⇒ ここでの but は only (単に、ただの)の意味。
(9行目) for all smooth lips can say ⇒ despite all (that) smooth lips can say
for all (= despite ~にもかかわらず)、smooth lips(滑らかな唇)は「口先の上手い人」「口達者な女性たち」を示す比喩表現。
(12行目) If deaf and dumb and blind with love? ⇒ 直訳すると「愛によって、耳も聞こえず、口もきけず、盲目になっていては」。つまり、冷静な判断ができず、相手の欠点も見えない状況を表現。
この詩には、情熱的な女性たちは、「愛が確実になると冷める」「恋愛というゲーム(play)に熱中するだけ」という苦い女性観が表現されていますが、イェイツは、よほど悪い女性たちと関わってしまったと言わざるを得ません(笑)。最後の “and lost.” の lost には目的語が記されていませんが、失ったものは、愛?、恋人?、人生?、または自分自身かもしれませんね。あなたは、「心を完全に差し出すと、最後には喪失だけが残る」というイェイツの恋愛観に、どの程度賛同されますか?
次に取り上げるのは、イェイツと同じアイルランドの詩人トマス・ムーア (Thomas Moore) の “Did Not” です。“Did Not”(しなかった)とは、いかにも意味深なタイトルですが、このフレーズが毎回違う意味を持って繰り返されることがこの詩の特徴です。
Did Not
’Twas a new feeling – something more
Than we had dared to own before,
Which then we hid not;
We saw it in each other’s eye,
And wished, in every half-breathed sigh,
To speak, but did not.
She felt my lips’ impassioned touch –
’Twas the first time I dared so much,
And yet she chid not;
But whispered o’er my burning brow,
‘Oh, do you doubt I love you now?’
Sweet soul! I did not.
Warmly I felt her bosom thrill,
I pressed it closer, closer still,
Though gently bid not;
Till – oh! the world hath seldom heard
Of lovers, who so nearly erred,
And yet, who did not.
(和訳)しなかった
それは新しい感情―
過去に私たちが勇気をもって認めたもの以上の何かだった。
そして、私たちはもうそれを隠さなかった。
私たちはお互いの目の中にそれを見て
とぎれとぎれのため息のたびに
言葉で語りたいと願ったが、しなかった。
彼女は私の唇が情熱的に触れるのを感じた―
私がそれほど大胆になったのは初めてだった。
それでも彼女はたしなめなかった
ただ、私の燃えるような額にささやいた。
「ああ、あなたを愛していることをまだ疑うの?」
愛しい人よ、私は疑わなかった。
私は彼女の胸が温かく震えるのを感じ、
もっと近くへ、さらに近くへと抱き寄せた。
「だめ」と優しく諭されても
ついに―ああ、この世ではめったに聞いたことがない、
これほど危うく過ちを犯しそうになりながら、
それでも過ちを犯さなかった恋人たちの話は。
かなり官能的な恋愛詩ですね。ただし、最終的には “did not” というオチで終わっています。この詩は、恋人たちの欲望と抑制の間の危うい均衡がテーマとなっています。ムーアは、“did not” というフレーズを巧みに用いながら、一組のカップルの恋愛の進展を効果的に描いています。“did not” の反復は、単なる否定ではなく、恋愛における「抑制」と「含み」の象徴になっていて、見事な技法だと思います。
第一連:did not (speak)―沈黙のうちに強く惹かれ合う
第二連:did not (doubt)―確信をもって身体的にも親密になる
第三連:did not (err)―一線を越えかける。しかし、最後には踏みとどまる
[文法・表現上のポイント]
(1行目) ’Twas ⇒ 18~19世紀の英詩で頻出する古い省略形。= It was
(2行目) we had dared to own ⇒ dare to ~ は「あえて~する、思い切って~する」、ここでの own は「認める (admit / acknowledge) の意味。
(3行目) we hid not ⇒ 否定語 not を後ろに置く古風な文体。= we did not hide
(9行目) and yet ⇒ 「それなのに、それにもかかわらず」
(9行目) she chid not ⇒ chid は chide 「たしなめる、叱る」の過去形の古形。= she chided not = she did not chide
(10行目) o’er ⇒ 詩的な省略形 = over
(14行目) pressed it closer ⇒ ここでの press は「抱きしめる」
(15行目) Though gently bid not ⇒ ここでの bid は「命じる」または「告げる」 = Though I was gently told not to
(17行目) err ⇒ 「過ちを犯す」「(判断を)謝る」。古文では「道を外れる」「道徳的に逸脱する」などの意味合いで使われる。
最後にご紹介するのは、イギリスのヴィクトリア朝時代の詩人であるコヴェントリー・パットモア (Coventry Patmore) による “The Kiss” です。たった 4 行の短い詩ではありますが、恋人たちのキュートな恋の駆け引きがとてもお洒落に凝縮された作品です。
The Kiss
‘I saw you take his kiss!’ ‘’Tis true.’
‘O, modesty!’ ‘’Twas strictly kept:
He thought me asleep; at least, I knew
He thought I thought he thought I slept.’
(和訳)キス
「あなたが彼のキスを受けるのを見たわ!」 「ええ、本当よ」
「慎みを持ちなさい!」 「それはちゃんと守ったわ。
彼は私が眠っていると思っていたの。少なくとも、私にはわかっていた。
彼は、私が『彼は私が眠っていると思っている』と思っていたと、思っていたの」
[文法・表現上のポイント]
(1行目) ’Tis ⇒ 18~19 世紀の英詩で頻出する古い省略形。= It is
(2行目) O, modesty ⇒ modesty は「謙虚」ではなく「慎み深さ」。ヴィクトリア朝文化では重要な価値観。
(3行目) He thought me asleep ⇒ 「think + 目的語 + 補語」という古い文学的な構文。= He thought that I was asleep.
この詩の背景には、厳格な慎みを美徳とするヴィクトリア朝の道徳観があります。男性からキスを受けるところを第三者に目撃された女性が、「慎みがない」と批判されます。それに対して、女性は、「それはしっかりと守られていた」と答えます。なぜなら、「彼は私が眠っていると思った」からだと説明します。そして、何と言っても、注目すべきは最後の一行です。
“He thought I thought he thought I slept.” の内容を整理すると、
・ 彼は「彼女は眠っている」と思った
・ 彼女は「彼がそう思っている」と思った
・ そして、彼もまた「彼女がそのように思っている」と思った
つまり、女性は、寝たふりをしてキスを受け入れたわけですが、ここには、お互いに暗黙の了解が存在しているのです。それでも、本音は語られず、どこか曖昧さの残る説明のままに会話は終わります。最後の一行のシンプルな英文に、恋愛の複雑で微妙な心理的駆け引きを凝縮させたパットモアの素晴らしい技法には脱帽するのみです。また、会話形式で語られるわずか 4 行の作品全体が軽快でユーモラスなトーンでまとまっているところも、この詩の魅力になっていると思います。
“The Kiss”、 いかがでしたか?形は違っても、いつの時代の恋人たちも、このような駆け引きを繰り返すものなのかもしれません。
あなたの心には何が残ったでしょうか?
See you!